人生のカラフルな解釈

　ホテルプラザアテネでコーヒーを飲んで愛車ポルシェカレラに乗り込む。最初の信号。携帯が鳴る。なんとなく視線を逸らした時、トン。前方のミニクーパーのバンパーに軽く当ててしまった。フランスでは大した話ではない。モデルであろうフランス人女性が車から降りてきた。裕も車を降り丁寧に謝る。女性はチラッとバンパーを見て笑顔になる。「大したことないわ」。裕はやはりぶつけたことは確かであるから財布から二百ユーロ札を五枚抜き取り女性の掌に差し込んだ。「あら、そんな???」「結構ですよ、お嬢さん、お茶でもどうぞ」「あっ、あなたイサオ?ユウっ！　聴きましたよシャトレ劇場のコンサート。素敵だった。これ、あたしの名刺です。コンサートのご案内頂けますか？　おこがましいですけれど???」。

　裕イサオ、今、世界で最も売れているジャズピアニストである。CDはミリオンセ
ラー。エッセイ集はベストセラー。テレビCMに引っ張りだこ。ブログのアクセス「ピアノはタワシだ３」の一日のアクセス百七十万。男性の羨望の的であり、女性からの指示は甘いマスク、洒落た物腰、温和な性格と絶大であり、結婚したい男ナンバーワンに輝いている。

　広大なベルサイユの敷地に建つプティシャトー、自宅である。ポルシェカレラを正面に付ける。

　広大な寝室のトワレット。鏡を見ながらカツラを外す。カツラ掛けに丁寧に載せる。老眼のコンタクトを外す。入れ歯を外しポリデントの溶液に浸ける。シリコン製の模造筋肉下着、及び、模造筋肉パンツを脱ぐ。

　階下から妻の多恵子の声。「お父さんぁーーーん、夕飯はなにに致します？」

　「あーーー、母さん。サバの味噌煮の缶詰あったよな。それと納豆がいいなぁー」と返事をしながら、もう少し自然体を売りにすれば良かったと毎々の後悔が脳内を過る。「本当は???、今更、遅いけれど、売れなくてもいいから、今更、無理だけれど???、フリージャズをやりたかったなぁーーー」。